ロケットが雲間に消えて見えなくなるまで、たぶん、数十秒ほどの出来事だったのだと思う。

 でも私と遠野くんは一言も発せずに、そびえ立った煙の巨塔がすっかり風に溶けてしまうまで、いつまでも立ちつくしてずっと空を見つめていた。やがてゆっくりと鳥と虫と風の音が戻ってきて、気がつけば夕日は地平線の向こうに沈んでいる。空の青は上の方からだんだんと濃さを増し、星がすこしずつ瞬きだして、肌の感じる温度がすこしだけ下がる。そして私は突然に、はっきりと気づく。

 私たちは同じ空を見ながら、別々のものを見ているということに。遠野くんは私を見てなんかいないんだということに。

 遠野くんは優しいけれど。とても優くていつも隣を歩いてくれているけれど、遠野くんはいつも私のずっと向こう、もっとずっと遠くの何かを見ている。私が遠野くんに望むことはきっと叶わない。まるで超能力者みたいに今ははっきりと分かる。私たちはこの先もずっと一緒にいることはできないと、はっきりと分かる。

*  *  *

 帰り道の夜空にはまんまるいお月さまがかかっていて、風に流れる雲をまるで昼間のようにくっきりと、青白く照らし出していた。アスファルトには私と彼のふたりぶんの影が黒々と落ちている。見上げると電線が満月の真ん中を横切っていて、なんだかまるで今日という日のようだ、と私は思う。波に乗れる前の私と、乗れた後の私。遠野くんの心を知る前の私と、知った後の私。昨日と明日では、私の世界はもう決して同じではない。私は明日から、今までとは別の世界で生きていく。それでも。

 それでも、と私は思う。電気を消した部屋の中で布団にくるまりながら。暗闇の中で、部屋に差し込んだ水たまりみたいな月明かりを見つめながら。ふたたび溢れはじめた涙が、月の光をじんわりと滲ませはじめる。涙は次から次へと湧きつづけて、私は声を立てて泣きはじめる。涙も鼻水も盛大にたらして、もう我慢なんかせずに、思い切り大きな声を上げて。

 それでも。

 それでも、明日も明後日もその先も、私は遠野くんが好き。やっぱりどうしようもなく、遠野くんのことが好き。遠野くん、遠野くん。私はあなたが好き。

 遠野くんのことだけを思いながら、泣きながら、私は眠った。

第三話「秒速5センチメートル」

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